香港の街で頭上から降ってくる正体不明の「香港汁」とは?

狭い土地に高層住宅が隙間もないほどにひしめく香港の繁華街を歩いていて、晴れているのに突然頭に水滴が落ちてきた経験はないだろうか。旺角や尖沙咀の歩道を歩く人なら、一度はこの「洗礼」を受けているはずだ。

夏の香港では当たり前なこの水滴がネット上で改めて注目されたきっかけは今年8月、香港在住の日本人YouTuber「TakaLife」さんが、モデルの松村佳奈さんと旺角を巡る動画だった。

動画の中で西洋菜南街を歩いていた二人は道端の水たまりに気づき、松村さんは観光客に上空からの水滴に注意を促したのだが、その直後に訪れた通菜街で本人が水滴を浴びてしまった。二人はこの現象に対して「香港汁」というユーモラスな名前を付けていた。

動画は香港と日本の両方で話題になり、香港のネットユーザーからは「香港冷氣滴水之都」(香港は冷房水滴の都)といった自虐的なコメントも寄せられている。

■正体は「クーラーの汗」

空から降ってくるこの液体の正体は、クーラーの室外機から出る凝縮水だ。湿気を含んだ屋内の空気が冷やされることで発生する凝縮水自体は冷房が正常に稼働している証拠でもあり、機械が壊れているわけではない。香港でなくでも冷房が稼働している場所ならどこでも発生するものだが、なぜ香港でこれほど目立つ現象になっているのだろうか。

まず気候そのものが大きい。香港の夏は気温、湿度ともに高く、冷房が作り出す凝縮水の量自体が多い。そこに香港特有の住宅事情が重なる。古い集合住宅では窓に取り付ける旧式のウィンドウ型クーラーがいまだに多く使われており、排水を集合配管でまとめて処理する仕組みが整っていない建物も少なくない。しかも、排水ホースが老朽化していたり詰まっていたりすれば、凝縮水は室外機の底からそのまま滴り落ちることになるのだ。

さらに建物同士の距離が近く、通りに面してびっしりと室外機が並ぶ密集した街並みが、被害範囲を広げている。深水埗や油尖旺、旺角、尖沙咀といった古い商業エリアでは特に頻発し、長年のあいだに地元の人々にとっては「夏の風物詩」に近い扱いになった。慣れていない観光客にとっては得体のしれない不気味な汁であり、「風物詩」どころではない。

■苦情は年間3万件超え、罰金は最大2万5000香港ドル

じゃあ地元の人はみんな悠々と「香港汁」を浴びているのかと言えば、そんなことはない。香港政府(食物環境衛生署)に寄せられる冷房滴水の苦情は、統計が残る2004年の1万116件から増え続け、2023年には3万1135件と過去20年で最多を記録した。20年で3倍近くにまで増えていることになる。汁が増えたのか、文句を言う人が増えたのか、それは数字だけではわからない。ただ、裁判沙汰になるような苦情件数はごくわずかなようだ。

一方で、行政の対応の遅さは長年批判の的になっている。アイルランド出身で香港在住20年を超えるメアリー・マルヴィヒルさんのように、単身でこの問題と向き合い続けてきた住民の存在もしばしば報じられてきた。

風向きが変わったのは罰則の引き上げと取り締まりの強化だ。2025年8月からは、行政の是正通知に従わない場合の罰金上限が1万香港ドルから2万5000香港ドル(約50万円)に、1日あたりの追加罰金も200ドルから450ドルに引き上げられた。今年5月からは、夜間や早朝でも滴水源を自動検出できる第三世代のAIシステムが本格導入され、市内の主要な「滴水多発地点」300カ所以上を対象に集中的な取り締まりが行われている。ハイテクの波によりにわかに動き出した感じだ。

■生き延びるコツ

それでも当面は、人びとは「香港汁」と付き合いながら生活していくことになるだろう。その対策はいたってシンプルで、地面の水たまりを見つけたら歩くルートを変えることに尽きる。とはいえ香港の歩道は狭く、車道に出て避けようとするとかえって危険なので、周囲の交通を確認してから動く必要がある。地元メディアが紹介する「生存法」も、上を見て室外機の位置を確認する、雨が降っていないのに濡れた路面は避ける、傘を差しておく、といった地道なものが中心だ。注意を怠れば、おでこにピトッと生ぬるい水滴を受けることになる。

香港の住民の間では、室外機の底にプラスチックのトレーやペットボトルを取り付けて自主的に水を受け止める「創意工夫」も話題になっている。効果のほどは定かではないが、行政の取り締まりを待つより先に、自分たちでできることをやろうという住民の姿勢がうかがえる。 一番スマートな回避方法は、晴雨兼用の傘を差して歩くことかもしれない。香港を訪れる予定がある人は、雨傘としても使える日傘を持って行こう

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