■はじめに…SNSで話題の「魚灯」とは
いま、中国のSNSやメディアで「東洋の幻想的な美」として爆発的な話題を集めているものがある。それは、安徽省に伝わる伝統民俗「魚灯(ぎょとう)」だ。かつて南宋の詩人・辛棄疾は、元宵節(小正月)の華やかな夜を「一夜にして魚や龍の灯籠が舞い踊る」と詠んだが、その情景を現代に蘇らせたかのように、何百もの巨大な魚のランタンが夜の街を練り歩くビジュアルは、圧倒的な没入感と神秘性を放っている。
この魚灯は、人気ゲーム『原神』のショートムービーでも取り上げられたほか、国営メディアCCTVが特集を組んだことで注目度が一気に高まり、Z世代の若者たちを中心に熱狂的な支持を集めている。いまや、地方の古い習慣という枠を飛び出して、現代中国のポップカルチャーを代表するアイコンの一つになった。

■なぜ「魚」が空を舞うようになったのか
安徽省の魚灯には、地元文化と結びついた二つの大きな源流がある。一つは安徽省蕪湖市無為市に伝わる「無為魚灯(むいぎょとう)」。1000年以上の歴史を持ち、起源は北宋時代まで遡る。アオウオやハクレンといった長江流域の固有種をモデルにするなど、地域の生態系と密接に関わっているのが特徴で、2011年には「国家級無形文化遺産」に指定された。
もう一つは、黄山市歙県(きゅうけん)の汪満田村などで、明代から600年以上にわたり受け継がれてきた「徽州魚灯(きしゅうぎょとう)」である。特に汪満田村では、木造建築が並ぶ村を火災から守るため、「水」の象徴である魚を飾ることで火を抑え込むという祈りが込められている。
これらの根底にあるのは、中国語で「魚」と「余」の発音が同じ「ユイ」であることから生まれた「毎年、豊かさが余るように」という願いだ。また、日本でも知られる「鯉の滝登り」の伝説からもわかるように、魚には「常に高みを目指す」という前向きなメッセージが込められているのだ。

■職人の技と躍動する演舞が現代的な演出と融合
魚灯の魅力は、その精巧な造形と、見る者を圧倒するダイナミックな演舞にある。造形では骨組みに地元の竹を用い、50以上の工程を経て作る。表面には道教の八人の仙人を題材にした伝統模様などが描かれ、大きいものは全長2メートルを超える。無為魚灯の演舞では、8人の踊り手が「鯉の滝登り」など33種類もの動作を繰り出す。ドラや太鼓、チャルメラの激しい伴奏とともに、魚たちが生きているかのように躍動する。
伝統的な造形と演舞に組み合わせる形で、現代的な演出も彩りを添える。2025年に放送されたCCTVの特番「無形文化遺産の夕べ」では「1本の巨大な魚灯と16本の小さな魚灯」を組み合わせ、上空から見ると「天下泰平」の文字を描き出すという新しい演出に挑戦。伝統芸能の枠を超えた現代的な視覚体験を生み出した。

■廃れかけていた伝統を救った、若者の活力と創意
魚灯もほかの伝統文化と同じように、かつては存続の危機に瀕していたが、活力や豊かな創意に溢れた若者たちが「救世主」となった。
汪満田村では、村内を6つの「魚灯保存会」に分け、互いに魚灯の大きさや美しさを競い合うことでクオリティを高める体制を構築した。各保存会をリードするのは、毎年15歳から28歳の若者から選ばれる責任者「魚頭(ぎょとう)」だ。都会に出た大学生や20代の若者たちは、帰省すると「魚頭」として行事を仕切り、SNSでのライブ配信やクラウドファンディングを駆使して資金を調達する。
また、無為魚灯のプロジェクトチームは生成AI技術を活用したデジタル保存を提案するなど、最新テクノロジーを伝統の保存に活用している。みずみずしい感性を持つ若者たちが伝統文化を受け継ぎながら、新たな魅力を引き出したのである。

■「伝統」から「巨大ビジネス」へ。魚がもたらす地方創生
魚灯ブームは、地域経済を潤す強力なエンジンへと進化した。魚灯を題材にしたグッズが盛んに開発され、冷蔵庫マグネットやキーホルダー、キャンバスバッグなどが人気を博し、観光客が「持ち帰れる思い出」として定着した。
2025年の春節期間中、歙県には約15万人の観光客が訪れた。魚灯単体の売上は100万元(約2300万円)を超え、宿泊や飲食を含めた観光消費額は5000万元(約12億円)に達した。また、関連事業による村人の直接増収額は計400万元(約9200万円)にのぼり、伝統を守ることが生活を豊かにするという理想的なサイクルが生まれている。

■結び…未来へ泳ぎ続ける魚灯
安徽省の魚灯は、歴史の重みを守りながらも、絶え間ないイノベーションによって「一過性のバズ」から「持続可能な文化のエコシステム」へと変貌を遂げた。
「伝統を守る」とは、ただ古い形を維持することではない。若者たちの情熱とテクノロジーによって、時代に合わせて姿を変え、人々の心を動かし続ける魚灯文化は、その「答え」を教えてくれているのかもしれない。




