近年、地球規模での気候変動に伴い、局地的な豪雨や大型台風などの異常気象が頻発している。今年も中国で大規模な洪水が発生し、日本でも河川の氾濫による浸水被害が相次いだ。防災教育はますます重要視され、そのあり方も大きく変化している。
中国浙江省杭州市臨平区にある「侶行杭州基地」は、そうした問題意識を背景に誕生した民間主導の災害シミュレーション体験施設だ。

この施設では、単なる展示の見学や講義形式の学習にとどまらず、身体に直接的な負荷がかかる過酷な環境を人工的に再現し、災害時の初動やサバイバル技術を習得させることを目的とする。まさに災害の恐ろしさを「身をもって」体験できる施設というわけだ。
そのユニークな体験アクティビティは、中国国内で注目を集めているほか、ロイター通信などの海外メディアが報じたことで国内外のソーシャルメディアでも話題となっている。
■創設の背景:冒険家夫妻の実践経験から生まれた民間拠点
この施設を立ち上げたのは、中国で探検家・ドキュメンタリー作家として知られる張昕宇(ジャン・シンユー)氏と梁紅(リャン・ホン)氏の夫妻である。二人は長年にわたり世界各地の極地や紛争地、火山などを旅する番組シリーズ『侶行(On the Road)』を制作してきた経歴を持つ。

「侶行杭州基地」構想から約6年の準備期間を経て、2024年9月にオープンした。自身が過酷な環境下で培ったリスク管理の知見を一般市民、特に次世代を担う青少年に還元したいというのが創設の動機だという。公的な防災センターが担ってきた啓発機能に対し、民間ならではの柔軟性と大規模な設備投資によって、リアルな危機的状況を体験できる場を作り上げた。
■主な体験の内容
侶行杭州基地における体験プログラムの最大の特徴は、徹底した物理的リアリティにある。参加者は専用のウェットスーツやヘルメットなどの防護装備を着用したうえで、各種シミュレーションに臨む。
1.暴風雨・台風体験
施設内の大型ファンと散水システムにより、最大風速45m/秒に相当する暴風雨を再現する。この環境下では歩くことはもちろん立っていることすら難しく、視界も著しく遮られる。強風下で看板などの障害物を避けつつ、どのように姿勢を低くして遮蔽物へ移動するか、身を守るための動きを体に覚え込ませることができるという。

2.鉄砲水・都市冠水シミュレーション
貯水槽から一度に最大約900トンの水を放流し、山間部の鉄砲水や都市部での内水氾濫を再現するコースだ。腰の高さまで急速に水位が上昇する中、水流の水圧を受けながら安全な高台へ脱出する手順を学ぶ。映像やVRではなく、実際の水圧と冷たさを肌で感じることで、濁流の危険性を身体に叩き込むことができる。


3.水没車両からの緊急脱出
豪雨時にアンダーパスなどで発生しやすい車両水没事故を想定した訓練である。車内に水が浸入した際、ドアの外側からかかる水圧によって扉が開かなくなる現象を実際に体感させ、水没時の窓割りハンマーの使用方法や、内外の水位差が縮まった瞬間に脱出するタイミングを実践的に指導する。
このほかにも、高所からのロープ降下訓練や、煙が充満した閉鎖空間からの避難誘導など、複数の災害シナリオが用意されている。
■1日体験3万5000円――高額設定でも利用者が集まる理由
侶行杭州基地の1日体験プログラムの受講料は、1人あたり約1599元(約3万5000円程度)に設定されている。一般的な公共の防災学習館の多くが無料または数百円程度の入場料であることを踏まえると、かなりの高額だ。
それにもかかわらず、週末を中心に予約が埋まり、若年層や親子連れの参加者が絶えないという。その背景には、ここでしか得られない貴重な体験ができるという大きな魅力があることは容易に想像できる。
これまでの防災教育で得られる机上の知識や冊子の読書だけでは、いざという災害時にパニックを起こして動けなくなる可能性が高い。安全が確保された管理環境下で極限状態を一度経験しておくことは、一種の保険的な自己投資として受け止められているのだ。
そして、教育的エンターテインメント(エデュテインメント)としての完成度の高さも見逃せない。スリルを伴うアクティビティとしての側面を持ちながら、終了後には実生活に役立つ明確な技術が残る。これが、従来の「お堅い研修」を敬遠しがちな層の関心を引き付けている。
■安全の確保や過度のエンタメ化には懸念の声も
「900トンの放水」や「風速45メートル超の暴風雨直撃」といった高強度の負荷をかける手法は、安全管理上のリスクや運用コストの観点から、公共施設では導入が難しい。民間資本がリスクを引き受け、高度な訓練を有償で提供するというモデルは、防災教育の選択肢を広げる一つの試みとして注目に値する。
一方で、そのリアルさゆえに事故の発生リスクも高く、十分な安全を保つことが大きなテーマとなる。また、過度な刺激欲求によるエンターテインメント化が行き過ぎることで、本来の防災規律が希薄化する可能性への懸念や、高額な受講費用による教育機会の格差といった課題も指摘されている。
自然災害のリスクが年々身近なものとなる中、知識にとどまらない「身体が動く防災」をいかに社会へ普及させていくか。杭州の民間災害体験拠点の動向は、今後の防災産業および啓発活動の方向性を考えるうえで、一つの参考事例となるだろう。


