万物が芽吹く春三月、各地では色とりどりの花が咲き、柔らかな香りとともに人々の心を和ませてくれる。中国の花見スポットで特に有名なのが、湖北省にある武漢大学の桜だ。「三月の桜鑑賞なら、武漢大学に勝るものはない」と言われるように、この地に咲き誇る桜には、他では決して味わうことのできない趣がある。

■苦難から友好へ、桜が歩んだ激動の歴史
武漢大学の桜の始まりは1939年、日中戦争の最中に、当時この地を占領していた日本軍が持ち込んだ30株に満たない苗木であった。
このような経緯から、終戦後は日本の軍国主義を象徴する「国恥の花」と見なされ、伐採を主張する声も少なくなかった。しかし、武漢を守備していた国民党軍の張軫師長らが、大学内のあらゆる草木を宝として保存すべきであると唱えたことで、桜は辛うじてその命を繋ぎ止めることとなった。
その後、時代は流れ、桜の意味合いは対立の象徴から友好の証へと劇的な変化を遂げる。1972年の日中国交正常化に際し、当時の田中角栄首相から周恩来総理へと贈られた1000株の大山桜のうち、50株が武漢大学に植樹されることに。植樹された50株は1976年に開花し、日中友好の象徴としての新たな歴史が始まった。

以降、日本の友好団体や有志から度重なる寄贈が行われ、1983年1月には、日中友好10周年を記念して京都の日本友好協会などが100株の垂枝桜の苗を贈った。さらに1992年の20周年の折には、広島の団体などから200株の苗木が贈られた。
かつての複雑な歴史を内包しながらも、武漢大学の桜は「国恥」という呪縛を乗り越え、現在は人々に愛される「人文の花」として、平和への祈りをその枝先に宿している。
■キャンパスを彩る千株の競演 多様な品種と鑑賞スポット
現在、広大な校内には約1000株を超える桜が息づいており、春の訪れとともに壮大なリレーを繰り広げる。その多様性は、植物学的にも極めて価値が高い。主要な品種としては、繊細な美しさを持つ日本桜(エドヒガン系)をはじめ、野趣あふれる山桜、優雅に枝を垂らす垂枝大葉早桜、そして鮮やかな色彩を放つ紅花高盆桜の4種が中心となっている。

武漢大学の広大な敷地内には、それぞれに異なる表情を見せる鑑賞スポットが点在している。最も有名なのは「桜花大道(桜通り)」で、満開の時期には空を覆わんばかりのトンネルを作り出し、歴史ある校舎の背景と相まって息を呑むような壮観な光景が見られる。
また、三つのアーチ門が特徴的な「老斎舍」付近では、建物と花が一体となった伝統的な佇まいを楽しむことができる。ここでは、石造りの建築と屋根の緑の瓦が桜の淡い色を引き立て、どこか懐かしく、そして凛とした情緒が漂っている。

他にも、広々とした鯤鵬(こんぽう)広場や人文科学館、行政大楼の周辺など、校内の至る所に桜の園が広がる。この時期、武漢大学はまさに「桜のテーマパーク」と変化するのだ。
■武漢大学の桜を楽しむためのルール
現在はキャンパスの教育環境と植物の保護を両立させるため、桜の鑑賞には事前予約制が導入されており、武漢大学の公式サイトや公式WeChatを通じてネット予約を行う必要がある。開放時間は通常9:00から17:00までだ。
開花時期については、気象条件により多少の変動があるものの、例年は3月中旬に最大の盛りである盛花期を迎え、3月末には校内の桜が全面的に綻ぶ。今年もすでに2月15日に早桜が綻び始め、春節連休中の23~24日にかけては多くの観光客が集まった。
予約は無料だが、ピーク時には非常に高い競争率となるため、早めに予約する必要がある。そしてなにより武漢大学は学問の場。節度を持って桜を楽しむことが、訪問者に求められる何よりの心得といえる。

■学問の府に咲く、時を超えた美しさ
武漢大学の花見は、この土地が刻んできた歴史に触れることにもつながる。キャンパスの桜はこれからも時を超えて、美を愛でる喜びと、それを分かち合える平和の尊さを、訪れるすべての人々に静かに語りかけていくことだろう。



