■きっかけは一枚のSNS投稿だった
中国の人気女優、趙麗穎(チャオ・リーイン)や毛暁彤(マオ・シャオトン)が、頭いっぱいに色とりどりの花を飾った姿をSNSに投稿する。するとその写真は瞬く間に拡散され、「自分もやってみたい」という投稿が次々に続く。ここ数年、中国ではそんな光景が繰り返されている。
彼女たちが身につけているのは「簪花囲(しんかい)」と呼ばれる、頭を花で円環状に包み込む伝統的な髪飾りだ。発祥は福建省泉州の蟳埔(じんほ)という漁村で、地元の女性たちが代々受け継いできた習俗である。2008年に中国の国家級無形文化遺産に登録されてはいたものの、長らくは地元の人以外にはほとんど知られていない存在だった。
それがいま、蟳埔の村が観光客の殺到する一大スポットになっている。村では観光客向けに簪花囲を結ってくれるサービスが人気で、漢服を着て花を飾り、村の石畳を歩きながら写真を撮る若い女性の姿が絶えない。

■背景にある「国風ブーム」
この現象は、「簪花囲」だけが突然流行したというより、中国で数年前から続く「国風」ブームの一部として捉えた方が分かりやすい。
国風とは、伝統文化や古典美を現代的にアレンジして楽しむ文化潮流のことで、漢服を日常的に着る若者が増えたり、古典詩を題材にしたテレビ番組が高視聴率を取ったりと、さまざまな形で広がっている。経済成長を経た若い世代が、西洋的な価値観だけでなく、自分たちの文化のルーツに目を向け始めた流れの中で、「簪花囲」の魅力が再発見されたのだ。
面白いのは、「国風ブーム」では伝統が伝統のまま消費されているわけではないこと。江蘇省塩城市では、漢服を着て頭に花を飾った人型ロボットが街を歩き、観光客と握手を交わす光景まで見られるという。千年前の美意識と最新のテクノロジーが平然と並んでいるあたりが、いまの中国らしい。

■そもそも、なぜ花を頭に飾るのか
頭に花を挿す「簪花」は、中国ではずっと昔から行われていた。ピークは宋代(10〜13世紀)で、当時は女性だけでなく、髭を生やした役人も、武人も、さらには釈放される囚人までが花を頭に飾っていた。そう、女性だけのものではなかったのだ。
宋代の簪花は、今のファッションとはかなり違う意味を持っていた。当時は皇帝が公式の宴席で臣下に花を授ける「賜花」という儀礼があり、官位ごとに挿していい花の種類や数まで決まっていた。授かった花を挿すのは忠誠の証で、挿さずに宮中に出れば処罰の対象にすらなったという。

■文人にとっては品格、庶民にとっては縁起物
文人たちにとっては、花は自分の品格を映す鏡だった。蘇東坡は牡丹を見たときに「老いた自分が花を挿すのは恥ずかしくない。恥ずかしがっているのは、こんな年寄りの頭に挿される花のほうだろう」と詠んでいる。白髪に鮮やかな花は、苦労を重ねた人間だからこそ似合う、という美学である。
庶民にとっては縁起物でもあった。北宋の役人・韓琦が珍しい芍薬を四輪咲かせ、部下三人と一緒に花を挿して宴を開いたところ、その後三十年で四人全員が宰相になったという伝説があり、「この花を挿せば出世する」と信じられた。恩赦で釈放される囚人にも、獄卒がひざまずいて頭に花を挿してあげる習慣があったというから、花は罪を犯した人間の再出発さえ祝福するものだったわけである。
なお、男子の簪花は清代以降に廃れ、簪花の風習自体が長らく忘れられていた。それが福建の漁村で細々と守られ、いま女優のSNS投稿をきっかけに全国区に戻ってきた。それが、今回のブームの流れである。

■「今世簪花、来世漂亮」
蟳埔の女性たちの間では「今世簪花、来世漂亮(今世で花を飾れば、来世でも美しくいられる)」という言葉が語り継がれている。
観光で訪れた女性たちがこの言葉に惹かれてSNSに投稿し、それがまた次の観光客を呼ぶ。宋代の人々が頭に挿した一輪の花と、今日インフルエンサーが自撮りに収める花は、遠く離れているようで、しっかりとつながっているのである。生活の中に美を取り入れ、明日の幸福を願う。そのシンプルな気持ちは、千年経っても変わることはない。




