「網紅」がもたらす中国のオーバーツーリズム問題

日本国内でオーバーツーリズムが深刻な課題として議論される中、中国でも同様の現象が広がっている。日本の問題は主に外国人観光客増加に伴うものだが、中国の場合はネット上での「バズり」(網紅)による国内観光客の殺到が原因だ。

中国ではショート動画やライブ配信などSNSの普及を背景に、ネット上で突如脚光を浴びた都市が観光地として急成長するケースが相次いでいる。注目を観光消費へと転換する圧倒的な勢いの裏では、交通渋滞や生活環境の悪化など、現地社会が抱える「ひずみ」も顕在化している。国慶節・中秋節の8連休中に多くの観光客で賑わった山西省運城市、江西省景徳鎮市、湖北省襄陽市の3都市を例に見てみよう。

■ 山西省運城市―ゲーム舞台が「聖地」化

山西省南部の運城市は、人気ゲーム「黒神話:悟空」の舞台として注目を集めたことをきっかけに、若者の「聖地巡礼」スポットとなった。連休中には関連主要観光地の累計入場者数が192万人を超え、入場料収入は1,570万元に達した。

また、市の中心部では「炭水化物の祭典」と呼ばれる大型グルメ市場が人気を呼び、刀削麺やマントウ、焼餅などの屋台が軒を連ねた。地元の飲食業者によれば「普段の10倍の人出」で、昼夜を問わず満席が続いたという。

このにぎわいは地域経済に確かな潤いをもたらしたが、生活面では弊害も見え始めている。観光地周辺では車が数珠つなぎとなり、観光客による路上駐車も慢性化。交通警察が朝から晩まで整理に追われる状況となり、地元住民のからも「子どもの送り迎えにも遠回りが必要になった」との声が聞かれた。

そこで、同市政府は連休期間中、官公庁や学校の駐車場を一時的に開放し、郊外から中心部へのシャトルバスを運行して混雑緩和を図った。今後はホテルや商業施設の供給拡大に加え、交通インフラの刷新、さらにはスマート交通技術の導入など、持続的な観光運営体制の構築を進めていく方針だ。

江西省景徳鎮市―焼き物の街で「チキンカツ兄さん」が大バズり

陶磁器の街として知られる景徳鎮にもSNSの波は押し寄せた。陶瓷博物館や古窯群の周辺では、若い観光客が写真を撮りながら散策する姿が絶えず、伝統工房を改装したカフェやギャラリーは連日満席だ。街全体が「映える都市」として生まれ変わりつつある。

その熱気の象徴となったのが、屋台グルメ「チキンカツ兄さん(鶏排哥)」だ。博物館近くの歩道に並ぶ屋台には、SNSで紹介された動画を見てやって来た観光客が列をなし、販売員は休む間もない。観光客が屋台を撮影し、タグを付けて拡散することでさらなる集客が生まれるという「バズりの循環」が起きた。

しかし、人気の高まりとともに周辺の交通混雑やごみ問題が深刻化。これを受け、景徳鎮市の都市管理部門は屋台の配置を調整し、交通への影響を最小限に抑える措置を取った。さらに、現場の秩序を維持するための専門対策班を設け、観光ピーク時には特に博物館周辺で人員を増派して安全確保に努めた。

また、市場監督部門も屋台の食品衛生指導を強化。観光客が安心して食事を楽しめるよう、定期検査を実施した。市政府は、こうした取り組みを通じて「短期的なネット人気を、都市の長期的な成長力に転換する」ことを目指しており、歴史ある焼き物の街がネット時代の観光都市として新たな局面を迎えている。

湖北省襄陽市――古城が抱える「人城共栄」の試練

楚文化発祥の地として知られる襄陽の古城も、ショート動画の拡散で人気が急上昇した都市のひとつだ。北街一帯は夜遅くまで観光客でにぎわい、連休中の鉄道駅の乗降客数は過去最高を記録。銀器づくりなどの体験型店舗では一日の売上が1万元(約20万円)を超えたという。

だが、この街でも観光ブームが住民の生活を圧迫している。通勤時の渋滞は慢性化し、デリバリーや公共交通の遅延も増加。SNS関連企業で働く市民は「連休中も仕事で出かけるが、渋滞で移動に倍の時間がかかる。朝食を買うのも長い列に並ばなければならない」と嘆く。さらに、観光客向け需要の拡大で一部食品価格が上昇し、地元経済への影響も指摘されている。

そこで、市政府は無料駐車場の増設やナビゲーションアプリとの連携による駐車情報の可視化を進め、交通の分散化を図っている。また、物価上昇に対しては市場監督部門が事前介入し、価格の安定化を目指している。

さらに、今後の持続的な観光ブームに備え、病院や学校などの公共施設を周辺地区へ分散して古城中心部の過密を緩和させる「人城共栄・主客共有」構想を推進中だ。構想には市民からさまざまな意見が寄せられており、今後試行錯誤が繰り返されることになるだろう。文化保護と生活の質の両立という難題に向き合う襄陽の試みは、中国における歴史都市の新たな課題を映している。

まとめ―「バズり」の先にある持続可能性

SNSを通じて一夜にして脚光を浴びる都市が増える中、都市機能の限界を露呈させる現象も広がっている。今回紹介した3都市は「網紅」という新しいエネルギーと、現実の都市運営との衝突と葛藤を象徴している。

各都市が模索するのは「一過性の熱狂をいかに持続可能な発展へと転換できるか」というテーマだ。サービスの細分化や管理の高度化、そして技術を生かした都市設計。中国の地方都市は今、ネットの時代にふさわしい「観光と共生する都市モデル」を模索し始めている。

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