ギネス世界記録達成とマンション火災、岐路に差し掛かった香港の竹製足場文化

2025年12月9日、香港の錦田郷で竹を使った祭壇「醮棚」が「世界最大の仮説竹製祭壇」のギネス世界記録に認定された。その面積は約3897平方メートルで、高さは5階建ての建物に匹敵する30メートル以上となっている。

熟練の技術が詰まった香港の竹組みだが……

祭壇は、熟練した技術を持つ17人が3万本の竹を使って組み上げ、2か月で完成させた。祭壇として中央に一本の柱もない広大な空間を作り出すことが施工上の大きな課題だったという。建築物としてはもちろん、香港の伝統技術の粋を集めた芸術作品としても注目に値する存在と言えるだろう。先日のマンション火災によって残念な形で明らかになった香港の「竹製建築」だが、単に「危険、時代遅れ」ということでその技術や文化を否定するのはもったいないかもしれない。

歴史ある祭礼を支える竹の力

この祭壇は、錦田郷の酬恩建醮という10年ごとに開催される祭礼のために建てられた。祭礼の起源は清朝時代にまで遡ることができ、今年で34回目を迎えるという長い伝統を持つ。当時、強制疎開から村人たちの帰郷を許可してくれた役人に感謝し、疎開中に亡くなった人々を慰霊するために始まったとされている。祭礼期間中は、この祭壇で道教の儀式や神々の巡行、獅子舞や龍舞、粤劇などが催されるとのことで、香港で最も歴史のある村のアイデンティティとも言える大切な伝統文化なのである。

竹製足場の優れた実用性

香港の職人たちは、竹で組んだ建築や竹製足場の優位性を「平、快、正」という3つの文字で表現します。「平」は経済性、「速」迅速性、そして「正」は安全性を指し、地元の人々が竹を実用的な材料としていかに大事にしてきたかを物語っている。

香港では、大規模修繕工事などで使われる足場の約8割が竹だという。その理由はシンプルで、金属に比べて安価で、軽量なため運搬が容易な上、香港のように建物が密接した現場でも組み立てや解体がしやすいからだ。しかも、金属パイプとは異なり現場の状況に応じて自由に切断できる点も魅力であり、処分や再利用も容易なのだ。価格は鋼管の8分の1、アルミニウム合金の75分の1、建設速度では鋼管より6倍、解体速度では12倍というデータがあるほか、万が一倒壊などの事故が起きても金属より危険性が低いというのもメリットだろう。

職人技術の継承の課題

香港には約2500人の登録足場職人がいます。この技術は「拝師学芸」という伝統的な方法で継承されており、資格を持つ職人になるには3年間の見習い期間、または1年間の全日制コースを修了する必要があります。特に注目すべきは、この技術が設計図に頼らず、職人の経験と直感によって支えられていることで、それは「心を以て図と為し、眼を以て尺と為す」という言葉に象徴される。技術の中でも「打結」と呼ばれる結び目を作る技術は足場や建築の強度を確保するうえで非常に重要で難易度も高く、習得には長年の修練が必要とされている。

火災が浮き彫りにした課題

「平、快、正」という多くのメリットを持ち、伝統文化と結びついて現代まで広く利用されてきた竹製足場だが、ここに来て大きな転機を迎えている。今年3月に香港発展局は政府の建設プロジェクトで金属製足場の使用を半分以上義務付ける方針を発表した。そして11月には香港北部・大埔の高層住宅で死者は128人という香港市場最悪の被害となる大規模火災が発生、外壁の補修工事用に組まれた竹製の足場が延焼拡大の要因の一つになったと指摘された。香港政府も11月27日に建設業界関係者との会合で「竹の足場の耐火性は金属のものより劣っている」と指摘したことが報じられている。今回の火災によって、竹製足場淘汰の流れが加速する可能性がありそうだ。

伝統技術の未来を考える

しかし、竹製足場を今回の延焼原因とする見方に疑問を呈する人もおり、竹製足場はむしろ燃えにくく、燃えた後も表面に炭化層を形成して延焼を遅らせるメリットもあると指摘する。また、火災現場で金属製足場は高温で熱を伝導し、大量の水蒸気を発生させることで、救助活動を困難にする可能性があるという。また、金属製の足場を使う場合、コストが大幅に上昇することに加え、広い保管スペースなども必要になる。香港の密集した都市環境においてしなやかさと軽さが何百年も重宝されてきた竹の足場を急速に金属足場に置き換えていくのは、考えものかもしれない。

2017年には、祭事用の竹製舞台(戲棚)の設営技術が香港の無形文化遺産に登録されるなど、竹を組む技術の文化的価値は公に認められている。一方で「この先見られなくなるかもしれない」という危機感を抱きながら錦田郷の祭壇を訪れた若い人もいるという。ギネス世界記録の達成は、竹製足場技術が持つ実用性と文化的意義を改めて世界に示すいい機会となった。

技術がどのように進化しようとも、数千年にわたって受け継がれてきた建築の知恵と職人の心意気は、香港の都市の記憶に深く刻み込まれている。今後もこの素晴らしい技術と文化が末永く香港で有機的に生き続け、私たちを驚かせ、その目を楽しませてくれることを願う。

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