
養殖漁業と聞いて思い浮かべるのは、穏やかな入り江に浮かぶ網いけすの姿だろう。自然の恵みと漁師の長年の勘に頼って魚を育てるのが、これまでの定番だった。
ところが最近、中国の養殖現場をのぞいてみると、そんな常識とはかけ離れた場所で魚やエビが育てられている。舞台は、陸地から遠く離れた「沖合」、海から数千キロも離れた内陸の「砂漠」、さらには四方を山に囲まれた「山間部」だ。
大型船や5G通信、水処理システムといった技術を駆使して、これまで養殖には向かないとされてきた場所でサーモンやエビを育てる、ちょっとユニークな現場を見ていこう。
■台風からは自力で逃げる、15万トン級の「養殖船」
まず紹介したいのが、海の上を移動しながら魚を育てる「大型養殖船」だ。

沿岸での養殖は、どうしても水質が悪化しやすく、台風や赤潮が来れば大きな被害が出てしまう。ならば、水のきれいな沖合へ出て、巨大な船のなかに水槽を作って魚を育てればいいのではないか。そんな発想から生まれたのが、世界初の10万トン級養殖船「国信1号」であり、さらに規模を拡大した15万トン級の「国信1号2-1」シリーズである。
もっとも、言葉にするのは簡単だが、実際に造るのは手探りの連続だったらしい。「魚のプロは船の造り方を知らず、船のプロは魚の育て方を知らない」という状態からスタートし、船舶エンジニアたちが水産学を一から勉強して、160項目以上の改善を重ねてようやく形にしたという。
船のなかには巨大な水槽が並び、沖合のきれいな海水を24時間絶え間なく汲み上げて、人工的に潮の流れを作っている。魚が船酔いしたりストレスを感じたりしないよう、船の揺れやエンジン音を抑える技術まで盛り込まれているそうだ。エサやりから水質チェック、水揚げ、さらには船内での加工までが自動化されている。
面白いのは、台風が近づけば船ごと移動して逃げられること。自然災害によってしばしば大きな被害に見舞われる養殖業においては画期的なメリットだ。また、季節に合わせて、魚にとって一番心地よい水温の海域へ移動することもできる。この15万トン級の船からは、世界初となる「船内養殖サーモン」がすでに出荷されている。

■氷河の雪解け水と5Gで育つ「砂漠のサーモン」
海に続いて目を向けたいのが、海から遠く離れた内陸・新疆ウイグル自治区だ。砂漠や乾燥地帯が広がるこの場所で、いまサーモン(ニジマスなど)の養殖が盛んに行われている。
なぜ砂漠でサーモンなのか。秘密は、天山山脈などの高い山から流れ出る「氷河の雪解け水」にある。サーモンを育てるには、一年中冷たくて酸素がたっぷり溶け込んだきれいな水が欠かせない。新疆の養殖場では、この冷たい湧き水を引き込むことで、内陸でありながらサーモンにとって理想的な環境を作っているのだ。
そこに組み合わされているのが、最新のデジタル技術。イリ地区の養殖場では、通信大手・中国電信の5Gシステムが導入されている。
いけすに入れられたセンサーが、水温や水質、酸素の量などを24時間休まずチェックし、5G回線を通じてデータをリアルタイムで送信する。これまで職人の勘に頼っていたエサやりのタイミングや水質管理をデータに任せることで、砂漠の真ん中から、品質のそろったサーモンが毎日のように食卓へと送り出されている。

■山奥の村に「海」を作る、重慶のエビ養殖
「氷河の雪解け水があるなら、まだ自然の恵みに頼っているじゃないか」と思うかもしれない。では、そんな特別な水源もない内陸の山間部ならどうだろう。四方を山に囲まれた重慶市では、屋内の施設で海の生き物である「バナメイエビ」を育てる取り組みが広がっている。
重慶市大足区の山あいの村にある養殖施設では、水を循環させるろ過システムと「バイオフロック技術」という手法を組み合わせて、山の中に人工の海を作ってしまった。水の中にいる微生物の力を借りて、エビのフンやエサの食べ残しといった有害物質を分解し、さらにその微生物の塊をエビの「おやつ(栄養源)」としてもう一度食べさせる仕組みなのだ。
施設の中では、塩分濃度や水温、酸素の量が常に自動でコントロールされていて、外に汚れた水をほとんど出さない。この山奥の施設だけで、年間40トン以上のバナメイエビが育っているという。海のない内陸の街でも「獲れたての活きエビ」が食べられるようになり、村の新しい収入源にもなっている。

■「自然任せ」から「環境を作る」時代へ
沖合をゆく15万トンの養殖船、氷河の湧き水と5Gを掛け合わせた新疆のいけす、そして重慶の山奥で人工の海水を回すエビの施設。
この三つの現場を見ていると、中国の養殖が「自然の条件に合わせる仕事」から「技術で環境そのものを作り出す仕事」へと変わりつつあるのがよくわかる。船の技術や通信インフラ、水処理のノウハウを持ち寄れば、場所の制約はいくらでも乗り越えられる。沖合や内陸から届く魚やエビは、そんな発想の転換から生まれているのだ。



