
■アルガルヴェで起きたこと
2026年3月28日、ポルトガル・アルガルヴェ国際サーキット。世界スーパーバイク選手権(WSBK)と併催される中量級クラス「スーパースポーツ世界選手権(WorldSSP)」の第2戦で、中国メーカーとして初めて表彰台の頂点に立つブランドが現れた。張雪機車(ZXMOTO)である。
フランス人ライダーのヴァランタン・ドゥビーズ(Valentin Debise、34歳)が駆るZXMOTOの820RR-RSは、Race 1で2位のハウメ・マシア(スペイン)に3.685秒差をつけて優勝。Race 1ではポールポジションのジャン・オンジュ(トルコ)が序盤に転倒リタイアした展開ではあったが、翌29日のRace 2でも2位に0.72秒差とつけて連勝し、1ラウンドで行われる2レースの両方を制する「ダブルウィン」を達成した。
WorldSSPは1999年に正式な世界選手権として発足し、ドゥカティ、ヤマハ、カワサキ、ホンダ、トライアンフ、MVアグスタといった欧州・日本の名門が約27年にわたって勝利を分け合ってきたクラスだ。そこに中国ブランドが割って入った。しかも、ZXMOTOにとってはわずか参戦2戦目(通算4レース目)での初優勝だった。
WorldSBK公式サイトのマネージングディレクター、グレゴリオ・ラヴィッラは「張雪が築いてきたものがトラック上で目に見える形になった」とコメントしている。イタリアの専門メディアCorsedimotoは、820RRが元々2026年はテスト走行のみの予定で、2027年の本格参戦に向けた準備段階だったことに触れ、「本来レースに出るはずですらなかったブランド」の勝利だと報じた。前倒し参戦を推したのは、パートナーチームであるイタリアのエヴァン・ブロス・レーシングだった。

■張雪という人物
この勝利を成し遂げたマシンの生みの親、張雪(ジャン・シュエ)は1987年、湖南省懐化市の農村に生まれた。3歳で両親が離婚し、祖母に育てられた。中学を出た後、バイク修理店の見習いとして働き始める。学歴も資金もない少年にあったのは、バイクへの執着だけだった。
2006年、19歳。地元のテレビ局(湖南衛視)の取材班に自分のライディング技術を見てもらおうと直訴した張雪は、次の撮影現場へ移動する取材班の車を、雨の中100キロ以上にわたって中古バイクで追いかけた。このエピソードが注目を集め、職業レーシングチームに入る機会を得る。後にCCTVの取材では目隠しでエンジンを組み立てる技術を披露している。
■重慶での起業、そして独立
2013年、張雪は数万元の現金を手に中国の「バイクの都」重慶へ単身乗り込んだ。バイク改造のフォーラムに投稿しながら改造車を売り、資金を積み上げていった。
2017年、パートナーとともに凱越機車(KOVE)を共同創業。年間販売台数800台からスタートし、3万台規模まで成長させた。2023年にはダカールラリーに参戦し、中国メーカーとしての存在感を国際舞台で示した。
しかし2024年3月、張雪は凱越を離れる。同年4月、自らの名を冠した「張雪機車」を重慶に設立した。離脱の詳しい経緯は公式には明らかにされていないが、本人はかねてから高性能・大排気量エンジンの自社開発にこだわりを見せており、その方向性の違いが背景にあったとされる。
新会社の動きは速かった。2024年9月、重慶モーターサイクルショーで最初のモデル500RRを発表。2025年3月に販売を開始し、同年の総売上台数は2.1万台、総産値は7.5億元に達した。2025年11月にはミラノのEICMAで6モデルのラインナップを世界に向けて公開。そして2026年3月、820RR/820RR-RSを発売。搭載するのは自社開発の820cc直列三気筒水冷エンジンだ。創業からWorldSSP初優勝まで、わずか2年だった。

■重慶のサプライチェーンと820RRの完成度
ZXMOTOの急成長を支えているのは、重慶が持つ世界最大級のバイク産業集積だ。エヴァン・ブロスとの協業、2026年1月に完了したA轮(シリーズA)融資9000万元など、人材面・資金面の条件も揃いつつある。
Corsedimotoが指摘した通り、820RRは「本来出るはずのなかった」レースで勝った。テスト計画を前倒ししてでもレースに送り出す判断ができたのは、マシンの完成度がそれを許すレベルにあったからだ。そしてその完成度への自負は、販売方針にも表れている。張雪機車は820RRについて、免許取得から1年未満のライダーには販売しないというルールを設けている。消費者からの苦情も出ているが、撤回していない。性能に自信があるからこそ、扱えない人間には渡さないという姿勢だ。

■一社の偶然か、構造的な変化か
ZXMOTOの勝利だけを見れば、「たまたま1回勝った新興メーカー」で片づけることもできる。だが、視野を広げると景色は変わる。
2024年、浙江省の春風動力(CFMoto)がMotoGP併催のMoto3クラスでライダー・チーム・コンストラクターの三冠を達成している。コロンビア人ライダーのダビド・アロンソがシーズン14勝を挙げ、中国メーカーとして初のグランプリ世界王者に輝いた。
CFMotoは既存の欧州メーカーの技術基盤を活用して世界タイトルを獲り、ZXMOTOは自社開発のエンジンで欧日の牙城に風穴を開けた。アプローチは違うが、いずれも「中国ブランドが世界選手権で勝つ」という、数年前なら冗談としか受け取られなかった結果を現実のものにしている。

張雪は、中国ブランドは3年で「製造者」から「世界ブランドの主役」に踊り出ると繰り返し語っている。その見立てが正しいかどうかはわからない。だが、アルガルヴェの3.685秒差が投げかけた問いは明確だ。かつて「安かろう悪かろう」の代名詞だった中国製バイクが、技術の中身で世界と勝負する段階に入りつつある。2026年シーズンはまだ始まったばかりだが、この流れを「一過性の出来事」と見なすには、すでに材料が揃いすぎているかもしれない。



