実在する? 中国の「ナゲット・マン」にまつわる都市伝説

殺伐とした現代社会において、我々の空腹と心を同時に満たしてくれるヒーローは、意外にも身近な場所に潜んでいる。中国のネット界隈を騒がせている「麦楽鶏侠(マックナゲット・マン)」という存在をご存知だろうか。マクドナルドの厨房という、マニュアルが支配する鉄壁の要塞に身を置きながら、本来は5個入りであるはずのナゲットの箱に、誰にも気づかれぬよう「慈悲の6個目」を忍び込ませる名もなき聖職者たちの総称である。

ネットユーザーが創作した「マックナゲット・マン」

■伝説の幕開けは一人の店員の告白から

この伝説の幕開けは2022年1月、ある店員による「2年間の勤務中、5個入りのナゲットに常に1個多く入れ続けてきた」という衝撃的な告白にまで遡る。その動機は、企業の利益のために搾取される「資本主義のニラ(消費者)」を救うためだとか。この義賊的な振る舞いは瞬く間にネット上で神格化され、黄金の「M」字アーチの下で密かに展開される「孤独な革命」として全土に知れ渡った。

■派生ヒーローと悪役が入り乱れる狂乱の戦場へ

すると、このブームに触発されてポテトを箱から溢れんばかりに詰め込む「ポテト・マン」といった派生ヒーローキャラが出現したかと思えば、あえて1個減らして持ち去る「ナゲット泥棒」や、料理に情け容赦なく塩をぶち込む「塩王」といった悪役まで出現。さらには医療現場から「私は看護師だが、感動したので打つ必要のない注射を3回おまけしてやった」と豪語する暗黒のヒーロー「容おばさん」までが参戦し、ネット上はさながらマーベル映画のようなヒーローと怪人が入り乱れる狂乱の戦場へと変貌を遂げたのである。

■がっつりと乗っかる公式、企業キャンペーンへと発展

このムーブメントを公式が放置するはずもなかった。マクドナルド中国は23年9月、デリバリーアプリの注文備考欄に「麦楽鶏侠」と書き込むとナゲット1個増量のチャンスがあるという公式キャンペーンを実施。これ以降、ネット発のミームを企業が公式に逆輸入する流れが定着していく。24年の子供の日には「麦楽鶏侠召喚」キャンペーンを展開し、全国で召喚を666,666回達成すれば6月1日に「20元の20個入りナゲット」購入者全員に1個増量という大盤振る舞いも実施した。

当時のイベントページ

■「召喚の儀式」が社会現象に

「ナゲット・マン」ブームにより、デリバリーアプリの注文備考欄に「休みが終わるのが辛い、助けてくれ」「明日から仕事なんて耐えられない、マックナゲット・マンよ、私を救ってくれ」という魂の叫びを書き込む「召喚の儀式」がある種の社会現象として定着した。届くのは1個多いナゲットだけではない。「麦楽鶏侠小票」と呼ばれる特製レシートが箱に貼られていたり、店員直筆の励ましメッセージが添えられていたりと、運営側もこの「儀式」に本気で乗っかった。

鑑定書付きの超レア純金製レシート(重さ7mg)

■ブームの本質は「情緒価値」にあり

人々がこの小さなおまけに熱狂する本質は、効率とスピードが絶対正義のファストフード界において、「自分の下らない冗談に、誰かが本気で応えてくれた」という驚きにある。注文メモという一方通行のメッセージに対して、厨房の向こう側にいる見知らぬ誰かが「わかっているよ」とばかりに小さな贈り物を投げ返してくれる。この「儀式感」こそが、日常に疲弊した現代人の心を癒やす究極の「情緒価値」となっているのだ。今の中国、サービス業で特に重要視されているのがこの「情緒価値」なのである。

注文メモでもらった励ましの言葉

たった1個のナゲットや、紙切れ1枚のレシートが、そのモノとしての価値を遥かに超える重みを持って受け取られるのは、そこに機械的なサービスではない、人間同士の「共犯関係」とも呼ぶべき物語が宿っているからに他ならない。

マックナゲット・マンのブームは、単なる企業のマーケティングを超えた現代の民話ともいうべき現象である。もしかしたら、あなたが次に注文するマクドナルドのカウンターの向こう側で、油の匂いに包まれながら黙々と作業している若者こそが、伝説の「ナゲット・マン」の継承者かもしれない。

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