火災から1年 首里城が沖縄県民にとってどんな存在だったか

皆さんは、沖縄の有名な観光地といえばどこを思いつきますか?

美ら海水族館、国際通りや綺麗な海と並んで、首里城は名前があがる人気観光地です。

 

まず、ここで首里城と中国の関わりを簡単に述べたいと思います。

首里城はかつて存在していた琉球王国の居城でした。琉球王国は中国や日本、東南アジアと貿易を重ねて発展しており、影響を受けてきました。それは城の造りにも表れており、日本の建築様式と中国の建築様式が取り入れられていると聞きます。

特に正殿は中国の紫禁城をモデルにしたと言われています。

 

火災前の首里城 知人より借用

 

そんな首里城は、首里城跡が、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。

しかし、2019年10月31日、私の故郷にある首里城火災のニュースが飛び込んできました。

子どもの頃から慣れ親しんでいた場所であったため、とても衝撃的なニュースでした。

 

首里城火災の様子 沖縄県公式首里城復興サイトより

 

友人である新聞記者から聞いたのは、悲しんで泣いている高校生もいたそうです。

母から聞いた話では、首里城が燃えた灰がたくさん市街地に飛んできたそうで、その灰を大事そうに、みんな保管をしているそうです。

その話を聞いた時、首里城は沖縄県民にとって、心の拠り所で大きな存在だったんだと改めて実感しました。

 

  実家に保存してある首里城関連記事       首里城の燃えた灰 

                       火災当日、市街地に振り落ちた

 

今沖縄では首里城は復興へ向けて、募金活動やボランティア活動が行われているそうです。

私も、地元沖縄への恩返しをするためにも、何かできる事をやっていこうと思います。

(フライメディア・トウバル)

 

 

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