春聯の起源と春節の風習──中国の新年を旅する

今年は2月17日に旧暦の1月1日に当たる春節(旧正月)を迎える。中華圏では新暦の新年よりも春節を重んじられ、中国本土では1週間の大型連休になることはよく知られている。そして、春節に各家庭では「福」をかたどった赤い飾りをつけるほか、玄関の扉の両側に「春聯」と呼ばれる赤い紙を貼る習慣がある。

この「春聯」、縁起のいい言葉が対句形式で書かれているのが一般的で、魔よけの意味を持つというのも比較的知られているかもしれない。しかし、その起源となると、日本人はもちろんネイティブの中国人でも知らないのではないだろうか。今回はその起源と歴史について見てみよう。

■「春聯」の起源は紙ではなく桃の木だった

「春聯」の起源は、古代に魔よけとして用いられた桃の木の「桃符(とうふ)」だと言われる。あまりに凶暴な怪獣を二人の神仙が桃の枝で退治したという伝説から、桃の木には悪鬼を退ける霊力があると信じられていたようだ。

「後漢書・礼儀志」には、桃の木で作られた「長さ六寸(約18cm)、幅三寸(約9cm)」の板に、「神荼(しんと)」と「鬱塁(うつりつ)」という二神の名を刻み、門に掲げたことが記されている。中国の人が桃の木を愛するのも、こういう起源があるからなのだろう。

■ 魔よけから文学的シンボルへ、木から紙へ

桃符が「対句を記す文学的な春聯」へと洗練されたのは、10世紀・五代十国時代の後蜀でのことだった。後蜀の皇帝・孟昶(もうちょう)が自ら記した「新年納余慶,嘉節号長春」(新年には余りある慶びを受け、良き節句は永遠の春を告げる)という対句が、中国史上最初の春聯とされている。

そして、五代十国の戦乱時代にピリオドを打った北宋の時代に入ると印刷技術の発達に伴って紙が大量生産されるようになる。これにより、春聯の材料が桃の板から赤い紙「春貼紙(しゅんてんし)」へと変わっていった。

■ 大衆化のきっかけを作ったのは、明の洪武帝

もともと春聯の習慣は上流階級のものだったようだが、この習慣を庶民にまで爆発的に広めたのは、明の太祖・朱元璋(洪武帝)だった。

洪武帝は都のすべての家に春聯を貼ることを命じ、自らも視察して回ったそうで、春聯を準備できていなかった豚の去勢業者のために、自ら筆を執り「双手劈開生死路,一刀割断是非根」 (両手で生死の道を切り開き、一刀ですべての争いの根源を断ち切る)という対句をしたためたとか。

この句には、仏教用語で煩悩や争いの種を意味する「是非根」と、生殖の「根」を断ち切る業者の仕事を掛け合わせるという、皇帝の強烈なウィットが込められている。風流とユーモアを解する洪武帝により、春聯はもはや単なる魔除けを超え、知識からユーモアまでを表現する大衆文化のインフラとなったのだ。


■ 「春聯」以外にもたくさんある春節の風習

かくして現代に至るまで中国人の新年に欠かせない存在となった春聯は、旧暦の12月29日ごろに貼るのが一般的だ。そして、春節の前後には様々な行事や習わしが存在する。代表的なものを時系列に並べてみた。ただし国土の広い中国では地域によって風習に大きな差があることはお断りしておかなければならない。

まず、旧暦12月28日には大掃除を行う。これは一年の汚れを洗い落とすだけでなく、怠け癖や悪習を取り除く意味も持つとのことだ。そして29日にはきれいになった家の扉に春聯を貼り付ける。

大みそかに当たる30日には、家族みんなが集まり年越しの食事「団年飯」を食べる。この食事は非常に豪勢で、海の幸や山の幸がたくさん出てくる。そのメニューは各地域に個性が見られ、北方のゆで餃子は年越し料理の代名詞的存在になっている。

家族みんなが一堂に会してにぎやかに迎えた春節当日も豪勢な食事を、と思いきや、1月1日は殺生を避けて精進料理を食べる地域もあるという。この日は禁忌が多く、運気を流さないよう洗髪や洗濯もせず、お寺や廟に行き一年の無事を祈願したり、新年のあいさつ回りをしたりする。

1日をつつましく過ごし、2日になると、いよいよ新年のごちそうが待っている。一家みんなで肉や魚を使った豪華な「開年飯」を食べてにぎやかに過ごすのがこの日だ。3日は「赤口」と呼ばれ、人と言い争いが起きやすい日とされることからあいさつ回りには適さないとか。

さらに、6日は「送窮」と呼ばれ、溜まっていたゴミを掃き出し、トイレを清めることで貧乏神を追い出すという。そして7日は「人日」とされ、長寿を願う麺や学業成就と出世を願う粥を食べる。また、福建省や広東省などの南方では7種類の草を煮込んだスープ「七宝羹」を食べる習慣があり、これは日本の「春の七草」に通じる。

■春節は「生命再生のプロセス」

旧暦12月28日の大掃除から1月7日の「人日」まで、春節を取り巻く一連の風習はすべて「送旧迎新(古いものを送り出し、新しいものを迎える)」という、生命再生のプロセスを物語っている。その真ん中に位置する1月1日の春節は、まさに「穢れなき再生の日」と言えるだろう。

時代が進み、科学技術が進歩する中で古い習慣が薄れていく流れは中国にもあるようだが、それでもなお、この時期には何億もの人が故郷に戻り家族と新年を過ごす。古き良き伝統は、いつまでも続いてほしいものだ。

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