到着した箱の中に、愛犬はいなかった―中国ペット輸送ブームの光と影

■春節の大移動、ペットも「一緒に帰りたい」

中国で暮らすペットの数は、いまや1億2600万匹を超えた(「2026年中国ペット業界白皮書」)。市場規模は3126億元(約7兆1000億円)。今や多くの家庭でペットが家族の一員として扱われている。

この変化が最も鮮明に表れるのが、中国最大の帰省シーズンである春節の時期だ。かつては「留守番させる」のが当たり前だったペットを、今は「一緒に連れて帰りたい」と考える飼い主が急増している。こうした需要に応えるように、今年1月からは高速鉄道の輸送試行駅が110駅に拡大され、航空各社もペット同伴席を拡充した。

しかし、広大な国土を持つ中国では公的な輸送網には限界があり、特に地方都市では高速鉄道駅や空港の対応がまだ追いついていない。そのギャップを埋める形で爆発的に成長しているのが、民間の「ペット専用車」による陸路輸送サービスだ。春節から4月まで予約が全て埋まっている業者も珍しくなく、寸暇を惜しんでハンドルを握り続けるドライバーもいるという。

■SNSで手軽に利用できる、その裏側で…

SNS上には「ペット専用車」「全行程エアコン完備」「定期的な給餌・給水」「リアルタイム動画監視」といった関連のサービス利用募集が数多く存在する。飼い主にとっては実に心強い言葉が並んでいるのだが、実態は必ずしも宣伝文句通りとは限らない。

山西省太原市から広東省深セン市へ愛犬の航空輸送を依頼した範さんは、到着した箱を開けて凍りついた。中にいたのは、預けた愛犬ではなく、まったく別の犬だったからだ。この輸送を請け負った業者は、SNSで「12年の経験、数百万匹の輸送実績」をうたっていたが、実際は単なる仲介業者だった。

業者は太原の出発時には問題なかったの一点張りで、実際に輸送を担当した業者に責任を押し付けるばかり。範さんの愛犬の行方は、いまだにわかっていないという。

■「監視カメラ」が映していたもの

愛するペットが命を落とす痛ましい事案も起きている。貴州省から甘粛省へと輸送した皮さんの飼い犬である柴犬は、到着翌日にウイルス感染と脱水症状で命を落とした。

皮さんが支払った輸送費は1010元(約2万3000円)で、ケージ代や保険料、さらに安全確認のための監視カメラ設置費用が含まれていたが、黒いビニールで覆われたケージ内に設置されたカメラには、輸送途中の景色が全く映っていなかった。また、業者が約束した「中継地点での運動」「こまめな給餌」が行われた形跡もどこにもなかったという。

こうした事例は氷山の一角に過ぎず、調べればいくらでも似たような事例が出てくる状況だ。

■なぜ、こんなことが起きるのか

これらの悲劇は偶発的な事故ではない。業界の構造そのものが問題を生み出している。

現在のペット輸送市場は参入障壁がきわめて低く、統一的なサービス基準が存在しない。ネット上で集客する「仲介業者」が注文を受け、それを実際に運ぶ現場の業者へ丸投げするという多重下請け構造が定着している。

しかも、コスト削減のために数十匹を一台の車両に詰め込む「ブラック輸送」が常態化し、ペットの命よりも効率と利益が優先されるというひどい状況だ。

一方で、1万元(約23万円)を超える費用で車をチャーターする「個別輸送」サービスも登場している。つまり、この業界は超低コストか高級路線かという激しい二極分化が進んでいるのだ。

だが、安全がそれほどの高額でしか買えないという現実そのものが、この市場の深刻な歪みを物語っている。

■「貨物」ではなく「命」として

中国のペット輸送業界は今、巨大な需要の陰で「命の軽視」が黙認される法的空白地帯にある。一部の正規業者はサービス基準の策定を訴え始めているが、まだ業界全体を動かすには至っていない。

ペットを単なる貨物ではなく、一つの命として扱う。飼い主の愛情を逆手に取った欺瞞的なビジネスを許さない。そのための法的枠組みと業界内ルールの確立は、もはや先送りできない課題だ。

1億匹を超えるペットと、その家族である飼い主たちが安心して移動できる社会をつくること。この巨大なペット経済が健全に発展するための道は、そこにしかない。

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