個性的すぎた日本の「失敗スマホ」が、中国で謎のブームを起こしている

日本の家電ブランド、バルミューダが2021年に発売したスマートフォン「BALMUDA Phone」は、市場に一石を投じつつも残念ながら「失敗作」の烙印を押された。しかし、発売から数年が経った今、中国の中古市場で熱狂的な人気を集め、価格が高騰する謎の現象を引き起こしている。この現象は、高性能・高スペックを追求する現代のスマートフォン市場へのアンチテーゼと言えるかもしれない。

■BALMUDA Phoneの商業的失敗

BALMUDA Phoneは、バルミューダ社長である寺尾玄氏の「板チョコのようなおしなべたデザインとは一線を隠した、小さく、優しく、デザインの魂を持つ携帯電話を作りたい」という思いから生まれ、21年末に発売された。4.9インチの小型スクリーン、丸みを帯びた筐体、そして弧を描く背面パネルという、高性能を追求するスマホ業界のトレンドに逆行するような、まさに「異類」と呼ぶにふさわしいデザインで大きな話題を呼んだ。

しかし、搭載プロセッサが低性能なSnapdragon 765Gだったにもかかわらず、10万4800円という非常に強気な価格設定だったため、「高価格と低スペックのミスマッチ」「バルミューダへのお布施スマホ」などと酷評され、商業的には完全な失敗と見なされた。発売からわずか数か月で生産が終了し、その後バルミューダは携帯電話事業からの撤退を発表。BALMUDA Phoneは「一代限り」の製品として、スマホの歴史の中に埋もれていった。

■BALMUDA Phoneを「復活」させた「電子ごみ妹」とは?

そんなBALMUDA Phoneが今、中国で静かなブームを起こしている。中古品の取引プラットフォームでは販売価格が発売当初の約4倍にまで高騰しているとのことで、もはやカルト的とも言うべき人気ぶりだ。忘れ去られたはずBALMUDA Phoneが「復活」を遂げた背景には、中国のソーシャルメディア「小紅書(RED)」を主な活動拠点とする、新しい消費者グループの台頭がある。

それは「電子垃圾妹(電子ごみ妹)」または「数碼宅女(デジタルオタク女子)」と自称する、主に女性で構成されるグループだ。彼女たちは「スペック至上主義」とは明確に異なる価値基準を持っており、性能よりも「見た目の良さ」や個性的なデザインを最も大切にする。丸みを帯びた形状や白い背面パネルなど、主流のスマホとは一線を画すBALMUDA Phoneのデザインは、まさに彼女たちの「大好物」なのだ。実際、中古品取引プラットフォーム「閑魚(シェンユー)」では、白色モデルが黒色モデルより高値で取引されているという。

彼女たちはスマートフォンを手帳やデコレーションカード)」のように扱い、ステッカーやアクセサリーで飾り立てるパーソナライズ文化を楽しんでいる。BALMUDA Phoneの「優しく柔らかい外観」と「反主流」のデザインは、「私は他人とは違う」というアイデンティティを表現する手段となり、個性を求める若者の心にぴったりとハマったのだ。

「スペック」より「情緒価値」へ

この現象の核心は、消費者が製品に求める価値が「実用性」から「感情的価値」へとシフトしていることにある。

BALMUDA Phoneは低スペックゆえにアプリの起動が遅く、OSも古いといった不便さを承知の上で購入されている。いわば「標準化された製品が氾濫する市場に対する反逆」の象徴的存在であり、「反標準化への渇望」を満たす「感情の解毒剤」なのである。あらゆる製品が完璧を目指す時代において、挙動が遅く画面が見づらい不完全さが逆に「誠実さ」として受け止められ、標準化されたくない若者の心に深く響いているのだ。

ネット上には、スペックや性能を重視する「垃圾佬(ごみ兄貴)」と呼ばれるグループもある。「電子ごみ妹」とはまさに対照的な存在であり、彼女たちが「最も美しい電子ごみ」「iPhoneより一万倍美しい」と絶賛するBALMUDA Phoneを「スペックがごみ」と容赦なく酷評する。この評価の二極化、価値観の衝突はまさに現代の消費者の多様性を浮き彫りにしており、一部の消費者は製品をステータスツールと捉えるのではなく、製品を通じて自身の感情、美学、そして思い出を表現する自己表現ツールとして捉え始めている。

ブームの持続性と市場の現実

BALMUDA Phoneブームでは、「小紅書」などのSNSも大きな役割を果たしたことに触れておくべきだろう。視覚的な情報や、その美しさへの共感が急速に拡散していくことは、SNSの存在なしには考えられなかった。過去にもリコーのコンパクトデジタルカメラ「GR」シリーズが「小紅書」で注目を集めて中古価格が高騰した。SNSが現代の消費文化を支えていると言っても過言ではないだろう。

しかし一方で、その持続性には疑問符が付く。BALMUDA Phoneは「美しいポンコツ」ではあるものの、性能の低さは実用面でやはり大きなボトルネックになる。古いAndroidシステムはソフトウェアサポートに乏しく、日常使いで多くの困難が伴うのが現実だ。この熱狂は一時的なものであり、ほとぼりが冷めればブームは終焉に向かう可能性が高い。中古業者が意図的に作り上げたブームの可能性も指摘されていることもあり、その熱はあっという間に冷めてしまうかもしれない。

スペックと「エモさ」のはざまで……

BALMUDA Phoneの再評価は、デザイン哲学と個性を追求する現代消費文化を象徴するものであり、製品が持つ「感情的価値」、つまり「エモさ」がいかに強力な購買動機となり得るかを示した。一方で「どんなにエモくても使いづらければいつかは飽きられる」という厳然たる市場の法則の存在も示唆している。「スペック重視」と「エモさ」は今後も、2つの大きな消費トレンドとして並び立っていくことだろう。 それにしても、中国のSNSが持つ影響力の大きさには驚かされる。今後も歴史の中に埋もれていた製品や、各地に眠っているユニークなグルメが「小紅書」などを通じて次々と発掘されるはずであり、次に何がバズるのかが楽しみだ。

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